博士号論文『580年間に作られた脳』 -第3章 発展編3-

第3章     発展編3        【No11,34】

        食事による体質改善方法
               (第3の物差し)

 (3節)  「NaとKの比の値」による
              シ-ソ-システム

                     【3表-6、図①②③】
「NaとKの比の値」による理論で、食生活を具体的にどのように捕らえるかを述べたい。前節では食品の副栄養素であるミネラルを、「酸・アルカリ性論」で捕らえたのに対して、この節では、次の3表-6図①が示しているアルカリ性のナトリウムとカリウムだけに注目して、このNaとKの比の値により、図②が示すような別の「物差し」として述べている。ここで、「この物差し」がアルカリ性を示す元素に注目しているため、アルカリ性食品のみを対象にした「物差し」であると解釈しないで頂きたい。というのは、アルカリ性を示す、大関クラスの元素であるNaとKは酸性食品にも含まれているからである。

 A)「NaとKの比の値」の必要性
 人間の体の各部を循環して組織や細胞膜を連絡している体液(血液・リンパ液・組織液)は、その循環・成分・pH調節・浸透圧・血糖量等を常に一定に維持しようとする性質があることは言うまでもない。
 しかし、不健康(先天的・後天的)な人は、例えば脳血栓のように血液循環が悪くなったり、糖尿病のように血糖量が変化するように、あの恒常性が維持されていない。この原因は(一)外部の細菌の侵入、(二)臓器の出す毒素、(三)運動不足、(四)精神的ストレス、(五)食生活-等によって各器官が衰えたからであろう。
 この説では、「NaとKの比の値」について考えるわけだが、何故にこの「NaとKの比の値」を考える必要があるのか。その妥当性は次の3つの事柄による。
                    【3表-7,1:1】



  (a) 一般に動物の体液はナトリウムイオン(Na+)がカリウムイオン(k+)     より多く含まれている。逆に、神経細胞などの細胞内ではk+がNa+より多     く含まれている。そして、重要なこととしては、細胞の内外における        「NaとKの比」が約1対1であるという事実がある。(3表-7)
  (b) 神経細胞の刺激に対する興奮伝達の仕組みは、神経細胞などの細胞膜が選     択透過性(生活物質や老廃物を選択的に通すという大きな特徴)をもつため、     膜の内外でイオン濃度差を生じ、そのために電位(膜電位)が生じて、それ     が順次変化することによって行われている。このため、この時に重要な働き     をしているイオンがNa+(ナトリウムイオン)とk+(カリウムイオン)      Cl-(塩素イオン)等である。
  (c) 食物が血管を通って臓器に送られるように、体組織においても組織体(体     液の一部)の中の栄養物は、細胞の組織を通って細胞に送られている。一方、     食物に含まれている栄養物は、ミネラルの中ではNa(ナトリウム)とK      (カリウム)を実に多く含んでいる。(3表-8、9)

 以上三つの事柄によって、食物をナトリウム(Na)とカリウム(K)の関係で捕らえ、食品と「教育や健康」との関係を捕えてみる。その前に、NaとKの関係をどのような物差しで捕らえたら良いのか。それでは、「NaとKの値の比」を考えるための準備をする。                  【3表-8、9】

 B)続「NaとKの比の値」の必要性

 A)の(a)・(b)の事実をもう少し述べておきたい。
 濃度0.9%の人間の赤血球は、蒸留水の中に入れられると、急激に蒸留水を吸入して、最後には破れてしまう。このような現象は浸透圧の具体的なものである。一般に浸透圧は、間脳の視床下部にある浸透圧受容器の働きによって分泌されたバソプレッシンというホルモンが、体液中の水の量を肝臓で加減することによって行われている。また、体液の浸透圧は体液中の無機塩類(ミネラル)の量を加減することによっても行われている。特にNa+とk+は、3表-7Aが示すような割合で神経細胞などの細胞内外に存在して、体液の浸透圧の恒常性をも維持するのに関係している。以上のように細胞膜を境にした体液が浸透圧の恒常性を保っている。その中でNa+とk+は、浸透圧の恒常性の一翼を担っている。

 次はA)の(b)の事柄をもう少し述べることによって、「NaとKの比の値」を説明する準備をしなければならない。ところで、ある情報という刺激(例えば学習)に対して、その興奮伝達が速い子供と遅い子供がいる。実際、興奮伝達にはあの「Na+とk+」が関与しているという事実をも考慮すると、教育効果の一部はNa+とk+に影響があるように思われる。前にも触れたように、教育効果が低い子供は行動において鈍さが感じられるし、粗暴化している子供は突発的瞬発力(意識下にない感情から来る力)が強すぎるように思われる。このような生徒は興奮伝達が不安定なのではないか。こうしたことと前のA)(b)で述べられたことを考慮すると、「NaとKを含んだ食品」と「健康」と「教育」とは、三位一体をなす関係があるようだ。
 現代は副栄養素であるビタミンやミネラルをも重要視しなければならない時代でもあるため、このNaとKに注目した物差しが必要だ。


 C)「NaとKの比の値」による表
                       【3表-10、11】
 (一)浸透圧の恒常性の一翼を担い、(二)刺激に対する興奮伝達の根本的しくみに関与し、(三)私たちが毎日食べている食物の中に、ミネラルとして多く含まれているもの-等三項目に関係している「NaとK」は、どのように捕らえられるべきか。
 まず、次の3表-10と3表-11を見て頂きたい。この2つの表は、科学技術庁資源調査会が「四訂日本食品標準成分表」として公表したものを基本として、代表食品と思われるものの「NaとKの比の値」を計算し、作ったものである。だから、この表ではカロリー、コレステロール、脂肪、糖質、酸性食品、アルカリ性食品という事柄は示されていない。逆の言い方をすれば、従来の栄養学のカロリ-計算や「第2の物差し」である「酸・アルカリ性食品」等が、見失っていた所や見失うであろう箇所の一部を補ってくれるのが、これらの表の役割となる。
 3表-10は、カリウム(K)がナトリウム(Na)より多い食品を示したものであり、しかも「NaとKの比の値」が大きい食品ほど左側に来るように並べたものである。即ち、KがNaより多く含まれる時はK/Naの値を計算し、その値が小さいものが表3表-10の右側に並べた。しかも、食品を焼いた場合は(a)、塩入りの食品の場合は(b)のようにアルファベットを上部に付けて、下部にその食品がもつK/Naの値を付けて作った表である。


 3表-11は、逆にNaがKより多い食品を示したものであり、しかも「NaとKの比の値」が大きい食品ほど右側に来るように並べたものである。即ち、NaがKより多く含まれる時は「K/Naの逆数」としてのNa/K値を求め、その値が小さいものを左から並べたものである。勿論、3表-10と3表-11の目盛りは等間隔ではないが、左右対称に示し、食品群ごとに見易く配置したものである。
 ところで「食品のアルカリ・酸度のシーソーシステム」では、3表-4の中で中庸としての左右のバランスをとるように食品を捕えたものである。しかし、この「NaとKの比の値」によるシ-ソ-システムにおいては、3表-10を左側、3表-11を右側に向い合わせるように置いて、「NaとKの比の値」が1に近づくようバランスをとって、食品を捕らえることが出来る。というのも、細胞の内外における「NaとKの比」が約1対1であるという重要な事実があるからである。
 この表3表-10,11から次のような事実が明らかになる。それを箇条書きにしてみる。
 (a) 一般に自然界にある食品は、ほとんどカリウム(K)をナトリウム(Na)より多く含んでいる。だから、多くの自然界の食品は3表-10の中に入る。
 (b) 3表-11には、東西を問わず人間が長い経験を積み重ねて得た知恵を用いて
    作りかえた食品が多い。まさに3表-11の中の食品は塩や糠味噌等を使った加工食品と見なせる。例として、日本には塩漬・糠漬・味噌漬等の野菜や魚、醤油そして梅干等がある。また欧米にはチーズ、バター、ベーコン等がある。
 (c) 一般に、欧米人が好んで食べる食品は、日本人が伝統的に食べてきた食品よりも、この「NaとKの比の値」におけるばらつきが少ない。
 (d) 動物が歩き始める頃まで必要である母乳・牛乳・卵は、「NaとKの比の値」が1に近い。これもまた、おもしろい事実だ。
 (e) 一般に白身の魚・小魚・貝類の方が、赤身の魚より「NaとKの比の値」がより1に近い。そして、当然なことだが、塩入りの魚((b)の記号が付いている)等は3表-11に入る。
 (f) 海藻類は「NaとKの比の値」が1に近い。果物や野菜類はこの値が大きいため、海藻類が3表-10の中の右端に、果物や野菜類が3表-10の左端に入る。
  以上、この二つの表から六項目の事実を書きあげてみた。



 D)食品の「NaとKの比の値」
             

 それでは、この節の中心的内容である「食品を『NaとKの比の値』でみるシーソーシステム」について考えてみる。そして、この方法は子供の内部環境(体液と細胞)に影響を与えている食品を、中庸としてのバランスある感覚で捕える一つである。
 先人逹は、(一)人間の体組織における「Na+とk+の比」が165㎜モル/l、対155.5㎜モル/l、すなわち人間の体組織における「Na+とk+の比」が1対1であること(二)また「Na+とk+」が神経細胞の刺激に対する興奮伝達のしくみに関与していること(三)しかも自然界の多くの食品からはKを補給できるが、Naを別の形である食塩(NaCl)から取ることが大切である-の三項目を知っていたかのようだ。その第一番目の現れが、食塩を利用した加工食品と見なせるものが3表-11に多いことから理解できる。
 第二番目の現れが、まだ歩けない不完全な赤子が飲む完全食品の利用に出ている。3表-10を見て頂くと、完全食品といわれている母乳や牛乳そして卵は、「NaとKの比の値」が小さくて、その値が例の神経組織における「Na+とk+の比の値」の1に極めて近いことから理解できる。まさに、動物が最初に口にする母乳・牛乳等が、動物の興奮伝達の仕組みや浸透圧の一部に関与しているNa+とk+の、「その比の値」に実に近いということは誠に驚くべき事だ。このように牛乳そして卵は、コレステロール・脂肪で問題のない赤子や栄養失調の子供達にとっては良い食品である。
 第三番目の現れが、東西を問わず「食品のNaとKの比」を1対1に近付けようとしたかのように出ている。この点に関しては実に興味深いものである。例えば、C)の(a)、(b)で述べたように、自然界の食品はカリウム(K)が多いので、先人達はナトリウム(Na)を食塩(NaCl)から取るように加工食品を作っている。こうすることによって私達の体の恒常性が維持されやすいように、私達は食生活全体のバランスを取っていた。
 それでは、この第三番目の推論を具体的に表18・19(シーソーシステム)を用いて調べてみる。



 a 穀 類
 生の白米や小麦等はカリウムを多く含んでいる。つまり、表を見て頂くと理解できるように、白米はカリウムをナトリウムより55倍も多く含んでいる。(K/Na=55)。しかし、炊いたり、食塩を入れたりすることによって、「NaとKの比の値」を出来るだけ小さくしたものが白米めしや食パンだ。しかし、日本の白米めしは食パンより、ナトリウム(Na)のわりにはカリウム(K)を多く含んでいるので、私達は3表-11の中にある食品を欧米人より多く取る必要がある。
 b 野菜類、果物
 一般に野菜類はカリウム(K)を多く含んでいる。私達はこの野菜類を3表-11の中にある漬物として取ったり、生の野菜を食べる時でも食塩やマヨネーズを振り掛けて食べる。また、カリウムを非常に多く含んだスイカ・トウモロコシ・豆類・芋類等を食べるときは、Naが少ないために食塩等をかけて、ナトリウムを補給しながら「NaとKの比の値」を出来るだけ小さくしているようだ。
 ところが、何故バナナに塩をかけて食べないのか。このバナナの生産地はアジア等の暑い国だから、塩分と水分が多量に体外に出てしまうため、暑い国の食事は塩分や香辛料が多い。食後のデザートとしての果物は、一般に逆のカリウムを多くとってバランスを取るためのものだ。暑い国の人たちは、毎日の食事で多量の塩分・香辛料を取っているため、このバナナにまでは塩をかけないようだ。また、今日の日本人は至る所で食塩を使った加工食品を取っているため、塩分を少し控えることが重要であることは言うまでもない。
 c 魚介類・藻類・肉類
 一般的に肉類は魚類より「NaとKの比の値」が小さく、その値は5に近い。そして、貝類よりはその値が少し大きい食品といえる。そして、どちらの動物食品群においても、豚ベーコン・チーズ・塩鮭・あさりの佃煮等の食品は、3表-10の食品とバランスを取っているかのように3表-11の中に位置している。ここで、酸性食品を中庸の所へもっていく強アルカリ性食品であった海藻は、この「NaとKの比の値」が実に中庸としての1に近いものなのだ。
 以上、この節のD)の最初の所で述べた三項目の事柄から、表を利用しながら三つの推論を行ってみた。。そして、その中で各食品群別に「NaとKの比の値」が中庸の1になるようにもっていく方法を述べてみた。この方法を「食品の『NaとKの比の値』によるシーソーシステム」と呼び、食品をNaとKのミネラルでバランスを取る方法である。           【3表-12 表による整理】

   総括編

今回の二大テ-マ
 A)580年間に作られた体質
   今日の日本の教育荒廃を含めた健康問題を論ずるには、外部環境に左右され易くなっている現代人自身の内部環境を考える必要がある。それは、食生活の捕え方の誤りや運動と精神的活動の欠如等により、体液と細胞によって構成される内部環境が悪化し、脳細胞が持つ力、即ち内部生命力が不安定になっている点を考慮しなければならない。
   つまり、健康問題を論ずるには、脳の兄弟である歯・目・内臓等が弱っているように、悪玉コレステロ-ルや中性脂肪等の劣悪な体液の中に浸っている脳自身が病んでいる、との認識から始まる。そして、単に外部環境としての教育教材の改善や心理的側面からの教育指導や健康指導等を行うだけでは難しい段階に入った。特に、母親の胎内に滞在していた期間が、実は10ヶ月間ではなく、580年間の長期間であったからである。この時期に、個人の体質が作られる。

 B)バランス感覚を備えた物の見方
   しかし、万物が流転するように、作られたものは必ず変化する。それ故に、脳を含めた体の体質改善は、最も内部環境に影響を与えている食生活から見直す必要がある。
   その食生活の改善方法としては、従来の欧米的発想の三大栄養素による偏差値的なカロリ-計算だけで捕えるのではなく、副栄養素をも考慮した、3つの物差し【地球規模的風土; 酸度・アルカリ度; NaとKの比の値】であるシ-ソ-システムの活用にある。

 時代は、常にシンプルさを求めているのであろうか。先人たちは、原点に帰れ、自然に返れ、脚下照顧と唱えている。しかし、欧米崇拝の現代の日本人は、便利さを追及するあまり科学万能主義に陥り、人間の体が食物・水によって出来ているという、簡単な事実を忘れていたようだ。
 激動する時代の中で今も求められているのは、バランス感覚をもった捕え方で、時間の概念を別の側面から捕え直し、外部環境と内部環境の両者を考慮しながらも、内部環境の改革を、最も重要なそして最も基本的な食生活で捕えることである。


 最後に、拙文が多々ありましたことをお許し願うと共に、長いこと時間を割いて頂いたことに心より感謝申し上げます。どうも有難うございました。