博士号論文『580年間に作られた脳』 -第1章-

第1章  導入編      【NO.11,31】
            脳はゴミ箱ではない
一  脳よ、汝自身を知れ
               (脳は他の臓器と兄弟だ)
 脳だけは他の器官や臓器と別格な存在なのか。脳は、他の器官や臓器のようにリズムを崩して機能しなくなることはないのか。脳がリズムを崩し、例えば大学受験の日に機能しないようなことがあるとすれば、ただ単に、運命だとあきらめるしかないのか。また、脳が他の臓器のように慢性的疾患に陥ってしまえば、そのような子供の教育は、いくら外部環境を整えても効果が出ない。私達の中には、遺伝的事柄や妊娠中における特殊な薬物により、生まれながらにして精神的肉体的ハンディキャップを持った子供がいる。小さな精子と卵子の結合によって出来た細胞体は、特殊な薬物だけでなく、食物によっても大きな影響を受ける。そして、糖尿病・心臓病のような肉体的症状と脳の働きとの直接的関係は現在あまり言われてないが、悲劇的ハンディキャップを持った段階の子供においては、「体と脳」との両者が相関関係にあることは認められている。
 以上を考え合わせてみると、脳自身は別格な存在ではなく、他の器官や臓器のように健康を害し、時として活動してくれないことがある。その現れでろうか、今日では脳の疾患である、脳軟化・脳腫瘍・クモ膜下出血等で死亡する者が増加している。
 ところで、学生の粗暴化やモラルの低下の原因は躾という心の問題だけではなく、むしろ食物によって生かされている脳自身に問題があるのではないかと思われる。もう少し具体的に述べると、間脳(視床脳)の一部である、視床下部と関係があるのではないかと考えられる。何故ならば、この間脳の一部である視床下部は、(一)人間をはじめとする動物の怒り、恐れ、不安、快楽等の情動反応と(二)食事をしたり、水を飲んだり、性行動、攻撃的行動などの本能的行動とを、支配しているからである。
 ここで脳の一部である視床下部が情動反応や本能的行動を支配していることは、次のことからでも明らかである。ネコの視床下部に電極を差し込んで、電気刺激を与えると、このネコは毛を逆立てて、うなり声をあげたと報告されている。しかも、視床下部の一部(外側核)に刺激を与えるとネコは近くにいたネズミに襲いかかり、それを引き裂くかのようにかみ殺している。また、ネズミの交尾行動も本能的行動であるが、雄ネズミの視床下部の一部を同様に刺激すると、このネズミは性行動を起こし、一方雌ネズミの視床下部(腹内側核)を長い時間電気刺激すると、その雌ネズミも背中をそらせ、性行動がしやすい姿勢を取ると報告されている。
 以上、脳の一部である視床下部に電気刺激を与えると、ネコやネズミは攻撃的行動や性行動を起こした。勿論、ネコ・ネズミと人間は大脳において大きな違いがあるが、情動反応や本能的行動を支配している間脳の世界では、類似点が多い。こうして考えてみると、今日の学生の粗暴化(攻撃的行動)やモラルの低下(性行動)の原因は、躾としての心やマスメディアの情報に問題があるだけではなく、脳自身(間脳の一部、視床下部)に問題が起きているのではないかと考えられる。それも電気刺激によるのではなく、脳の中を流れている体液やホルモンの刺激によって、脳自身が冒されているのではないかと推測される。
 私は、脳について次のように述べておきたい。
   「脳よ、汝自身を知れ!」 お前は手・足・心臓と同じ兄弟ではないか。
    お前は、兄弟と同じように遺伝子という設計図のもとで、〃宇宙のちり〃
    や〃食物の変形体〃により生まれ、今でも食物を原料に兄弟によって作ら
    れた体液やホルモン等で生かされているではないか。お前は兄弟が病気に
    かかったことにはすぐ気付くが、自らが衰えていることには気付いていな
    いようだね。お前自身も病んでいるのではないか」



二  脳の働きは、脳自身と周囲の体液によるのか
             (脳は単独で生きていない)

 脳は、固定的に単独で存在するのではなく、内部環境の一つである体液を通して、すべての器官や臓器と関係しあっている。人間の神経系は、中枢神経(脳・脊髄)と末梢神経(脳神経・脊髄神経)から出来ている。脳は諸器官の中でも最も弱く、頭蓋骨と脊柱の中にあり、粘膜組織と体液が外部の振動を柔らげ、この脳を大切に守っている。
 人間の脳の研究は大変難しいそうだ。というのは、死体の研究では生きた人間の脳を直接理解することが出来ないからだ。まさに、不立文字の禅問答で鍛えられるであろう、右脳で直観的に判断出来ないのである。死体の組織では、体液の循環がないため、本来の脳の機能が現れていない。しかも脳は、数十分間の貧血状態でも、多大な影響を受けるからだ。しかし、生きた肉体の中では随所に体液が流れ、酸素・栄養物・老廃物の交換がなされている。そして、脳も例外ではなく、やはり体液の中で存在している。


 脳を生かしている体液は、器官によって作られる分泌物や食物から作られた栄養物等で構成されている。それが故に、現在の脳の活動は、(一)脳細胞自身の他に、(二)食物と、(三)諸器官等の総動員で行われているわけだ。だから脳細胞の構造と機能は、この体液に影響を与えながらも、同時にこの体液の化学的状態に影響を受けている。脳は固定的に単独で君臨し、機能しているわけではなく、体液を媒介にして相対的に存在し、働いている。即ち、脳に影響を与えられている体液は、食物の変形体の一部であるし、脳細胞自身や諸器官も食物の変形体の一部だから、脳細胞の構造と機能は食物の影響を少なからず受けているものと考えられる。
 ところで多くの人が経験するように、健康を害していれば、勉強や仕事等の活動を行う気力が出ない。また、仮にそのような状態のときに勉強を行ってみても、効果が少ない。さらに、酒や特殊な薬物を口にすれば、脳細胞が麻痺したり、興奮し過ぎる。これは、内部環境の一つである体液が内部環境のもう一方の細胞、特に脳細胞に影響を与えたからではないか。
 だから、脳の活動は、(一)脳細胞の構造状態、(二)諸器官が作り出している化学成分(分泌物)や食物の変形体による化学成分によって構成されている体液――等によって行われていると述べて来たわけだ。
          
 今日までの教育は、ペスタロッチ、デュ-イ、エレン・ケイにせよ、脳細胞や心そして肉体に、教育技術・教育方法等の外部環境からの刺激活動を中心に行っている。さらに、受験教育にみられる報賞やスパルタ式のような一時的方法や、左脳への詰め込みとしての量やスピ-ドを速めることに専念し過ぎていたように思われる。勿論各時代においては、そのような外部環境としての方法が効果を上げた。しかし、如何なる方法でも矛盾は出て来るものだ。今日の世界情勢を見ると、欧米や日本の社会は飽食の時代の中にあり、また食生活においても栄養過多だ。このようなことは、内部環境の体液や脳細胞自身にも言える。だから、矛盾としての形態が、悪玉コレステロ-ルや中性脂肪を体液の世界に現れ、今日の現代病の一因になっていることは言うまでもない。即ち、これらが、体液の中で過剰になったために、血管壁に付着しはじめている。これは、狭い国土に必要以上の車を生産し、至る所に違法駐車を生み出している現状に良く似ている。


 このような飽食の時代の中で、これからの健康問題を考えるには、脳細胞と体液という内部環境を重要視することから行う必要がある。だから、精神的情緒安定や学生の能力向上等を計るには、脳自身を箱のように捕えて、その中にものを詰め込むかのような、指導技術や機材や教材等だけに頼ることではないと考えられる。そして、脳の教育活動や健康問題を考えるには、食生活・運動・精神的活動・教育(物の見方、考え方)の四大要素から捕える必要がある。
               【1表-2  三位一体表】
 また、人間の体が約150億年前の宇宙のちりによる産物であったことや、今尚宇宙からの影響を受けた食物によって生かされていることを考え合わせると、子供の教育や健康問題を考えるには、「自然の摂理」をも自覚させることも必要になってきた。何れにせよ、脳の活動や健康問題は脳細胞自身だけによるのではなく、食物の変形体を体液中で総合的・統一的に捕える必要がある。



三  脳と体液から、どんな疑問点が生じるか

 脳と体液に関しては、次のような事実がある。
  (一)大脳の中心は、神経物質のみでなく、体液という血液・リンパ液・組織液によって構成されている。
  (二)この体液は食物の変形したものを含み、さらに体のあらゆる器官より作り出された分泌物によって出来ている。
  (三)この体液は、母乳と同じように中性か弱アルカリ性である。
  (四)体内でコレステロ-ルが多く付着している箇所は、脳・神経組織・副腎・肝臓・腎臓・皮膚の順であり、脳や神経組織が最も多い。
  (五)興奮伝達に関与しているNa+とK+等は、神経細胞内外において、その比の値が、母乳と同じく「1」に近い。
  (六)細胞間のリンパ液は、循環が遅くなったり、止まったりすると酸性に傾く。
  (七)体液の循環が止まると、他の器官以上に脳は重大な影響を受ける。脳は貧血を起こして約二十分で死に、たった十分でも重大な障害を起こす。

 それでは、これらの七項目の体液と脳細胞に関する事柄をもとにして、子供の内部環境という立場から教育的事柄や健康問題を捕えてみる。勿論、頭脳が外部環境や遺伝によって影響を受けていることは、否定できない。
 ここで、話の複雑化を避けるために、今まとめた七項目の事柄から生じる疑問点を、(a)~(g)のように列挙してみる。

(a) (一)、(二)、(三)、で示したように大脳が神経物質で出来ていて、神経細胞内外のNa+とK+等が刺激の伝達に関与していることを考慮すると、大脳も体液同様に「食物のNaとK等」の影響を受けているのではないか。それは、脳自身が体液の中に浸り、体液の影響を受けているから。                                     (例・酒と脳) 

(b) (二)で述べたように体液は食物の変形であり、あらゆる器官より作り出された分泌物によって構成されているから、腎臓・心臓等が病に冒されていれば、その器官や臓器が作りだす毒素が頭脳に影響を与えているのではないか、即ち肉体的に健康でないことが、頭脳に影響を与えるのではないか。
                               (不健康な体と脳)

(c) (四)で述べたように体内のコレステロ-ルが脳や神経組織に多く付着していることは、刺激の伝導の効率を悪くすることがないか。 (例食物と脳) 

(d) また、コレステロ-ルが脳に付着していることは、体液中の酸素・二酸化炭素・栄養物の脳への交換率を悪くしているようなことがないのか。それにより、脳の不活性化を起こすことはないのか。   (食物と脳) 

(e)子供たちの血清コレステロ-ルの急増は、頭脳にも必要以上の栄養が行きわたっていることを示すのではないか。それが脳や神経組織に負担を掛けていることはないか。                  (栄養過多と脳)

(f) 栄養豊かな食生活のために、体液の中では栄養過剰現象が現れ、特に動物     性の悪玉コレステロ-ルや中性脂肪等が血管壁に付着し、しかも体液自身が     粘性をもっている。こうしたことが血液循環の悪化を招き、(六)により体液の弱酸性化が起きているのではないか。       (体液の酸性化) 

(g) (七)で述べたことから、やや酸性化した体液は脳に重大な影響を与えないのか。体液の循環の悪化が手・足の指先を冷やしたり、場合によっては頭髪を失わせたりしているように、粘性のある酸性化した体液は、脳細胞自身に矛盾を与えていないか。

 以上、(一)~(七)の七項目の「脳と体液」に関する簡単な事実から、このような(a)~(g)の七項目の疑問点を推論してみた。



四  脳は、助けを求めている。
                   (脳自身も肥満児だ)
 母親の胎内の時から今日に至る日まで、食物等によって作られた体液は、あらゆる器官や臓器が作り出している化学成分を含んでいる。この体液の段階で、前述の(a)から(g)までの七項目による推論をもとに、生徒の能力、しいては健康問題を内部環境の改善によって、より良い方向へ導く方法を考えてみたい。
 まず、三の(a)の所で述べたように大脳も体液同様に食物の影響を受けているのだから、脳細胞の刺激伝達を良くして教育効果を高めるためには、量や力としての脂肪・タンパク質・糖質だけに目を向け過ぎずに、質としての生理作用を担うミネラルやビタミンをより一層重視することだ。また、食物における「NaとKの比による値」を重要視する必要があるようだ。さらに、一つの推論をしてみると、胎児期・乳児期のように脳や体が作られる高度成長期には、数々の器官を作り上げるため、量としての三大栄養素がより必要だ。しかし、成人以降のように、脳や体が作り上げられた後の安定した低成長期には、数々の器官を維持し、それらが効率よく働いてくれるように質としての副栄養素がより大切だ。まさに、体液の世界は、世界経済に歩調を合わせるかのように、三大栄養素を基本にしながらも副栄養素で捕えることが必要な時代に入った。

 次に、三の(c)・(d)・(e)で述べたようにコレステロ-ルが脳や神経組織に多く付着していることや、研究者が示した子供の血清コレステロ-ルが急増していることは、脳や神経組織にとって多くの負担を強いられていることを示しているようだ。このことが刺激の伝導や酸素・二酸化炭素・栄養素等の吸収効率を悪化させているものと考えられる。
 さらに、三の(f)・(g)で述べたように、体液自身が粘性を持つため、循環が悪化し、その結果体液は若干酸性化してしまうのだろう。この主な原因は、現代の子供が欧米型の動物性食品を過食し、「食品の酸・アルカリ性」のバランスを欠いたためではないか。勿論、体内では炭酸水素イオン(HCO3-)を使って、腎臓等がモ-レツ社員のように働いて調節しているようだ。しかし、時折それら臓器は、疲れ過ぎて病に陥っているではないか。
 それでは、いつから子供たち、そして脳までが肥満児になり、病み始めていたのであろうか。結論から述べれば、妊娠10ヶ月の時からであり、しかもこの時期が実に大きな影響を与えるのである。この妊娠10ヶ月間とは、物理的一定時間で換算したものである。この期間を内部生命的時間で換算すれば、580年間に相当するものである。それでは580年間をどのように割り出したのか、次の展開編でその根拠を述べてみたい。